☆しろの雑記帳☆


9/30 伝統工芸展と浜離宮庭園

へろへろとか遊びすぎとかいいながら、また遊びに出かけてしまいました。
毎年見に行く日本伝統工芸展、今年はもうやめとこうかと思ったのですが
日曜美術館を見たらやっぱり行きたくなっちゃいまして…
はるばる日本橋の三越本店まで出かけてきました。

見たかったのは井戸川豊先生のカイワレの器。
テレビ画像でも可愛かったけど、本物はやっぱりすてきです。
葉っぱの緑も、白く輝く茎(これは金を焼き付けるのだそうです)もすごくみずみずしかったです。

会場の下の階のギャラリーで大御所作家先生の陶器の展示販売をやってて
井戸川先生の作品もあったのですが、すべて売約済みになってました。
出品作もすばらしいけど、しろ的には販売用の作品の方が、より可愛らしさが際立ってるように思えました。
それに、思ったほど高くないんですよ。
出品作よりちょっと小さい鉢が20万〜30万くらい、酒器(洋酒用のカップ)が2万円くらい。
お財布に余裕のある方、いかがですか?今のうちがお買い得ですよ、きっと(笑

都心までの交通費がバカにならないので、他にも何か観光せねばと、いろいろ検索し
浜離宮恩賜庭園に行ってみました。
お散歩にぴったりの良い天気で、観光客がたくさん来てました。
海岸近くにあり、池の水がすべて海水というちょっとふしぎな庭園。
日本庭園の向こうにベイエリアの高層建築が見え、池にいるのは鯉ではなくフジツボ。
池の中州に海面ギリギリに藤が植えられてましたが、塩害とかないのかな。



広い花木園があるので、春にもまたいってみたいですね。
藤棚もあちこちにあるので、これも咲いたらきれいだと思います。
現在の見頃はコスモス。
すごく広いお花畑があって、キバナコスモスが満開。ピンクのコスモスも咲きかかっていました。
こちらのキバナコスモスは八重花なんです。八重だとお花が立体的で華やかな感じですね。

  

というわけで、すっかり遊び人のしろですが、10月からココロを入れ替えて、お仕事に励みます。


9/29 ポーランド旅行記その6

最後の観光地はブロツワフ。シロンスク地方の中心都市で、ここも歴史ある街です。
シロンスクというのは、歴史上オーストリア、ドイツ、チェコ、ポーランドなど、様々な国に所属した複雑な地域とのこと。
歴史の授業で、シレジア(英語名)とかシュレジエン(ドイツ語)とかいう名称で習った記憶が…

やはり大きな中央広場があり、壮麗な市庁舎が建っています。


   右の塔のある建物が市庁舎            ここも美しいお屋敷が並んでいます

市庁舎の中は見学できます。外観もですが、内部の装飾も美しいです。
市庁舎の建物がどんどん建て増されて、大きく壮麗になってきた歴史が詳しく展示されて
実際の建築と見比べられます。中世オタ心をくすぐる、お気に入りの展示でした。


違う角度から見た市庁舎、どこから見てもきれいです             市庁舎のホール        歴史が進むにつれ改装され、成長した市庁舎

市内の歴史博物館。こちらも、もと宮殿の立派な建物でした。


   歴史博物館のファサード       オドラ川を外堀にした城郭都市ヴロツワフ(当時はドイツ名ブレスラウでした)

みどころの一つは古い大学。一部が博物館になっていて、見学できます。
華麗なバロック建築で、絢爛豪華なホールが有名です。


華麗なバロックのファサード         ホールはすごい装飾です       昔からの研究成果の一部が公開されています
                                                  これはボタニカルアートのコレクションのコピーの一つ

街の外堀でもあるオドラ川の周辺に古い教会が建ち並んでいます。


       河岸公園から見た対岸の教会群              一番大きい洗礼者ヨハネ大聖堂

ブロツワフは、訪れた街の中では一番観光都市ではない場所ですが
市庁舎と大学はおすすめですよ。


ポーランドは農業国とかで、食材はとってもおいしかったです。
どの街も旧市街の外れに昔からの市場があり、周りに朝市が立つようです。
市場で買った焼きたてのパンは衝撃のおいしさ、野菜やお総菜も絶品でした。

でも、レストランは当たらなかった…
ライトアップがあまりにきれいで、広場のテラス席でばかり食べていたもので
きっと、もっと観光客向けでない、街中のレストランの方がおいしいと思います。
甘いものはどこでもおいしいです。アイスクリーム、量り売りのケーキ、カフェのパフェ、スーパーのヨーグルト…
毎日甘いもの食べていたら、すっかり太ってしまいました…

気をつけた方が良いのは交通機関。
大都市を結ぶ高速便は鉄道もバスも定時性に問題はないですが、中距離のローカル便が…
鉄道は20分遅れで発車し、1時間遅れで到着、
アウシュビッツ行きの路線バスが途中で故障し、予約したガイドツアーに乗れませんでした…
かと思うと、早朝の空港行きのバスが40分のところ25分でついちゃったり(途中で乗る予定の人はいなかったの??)。
ポーランドで「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」は無理そうです(笑

あと、ワルシャワ周辺の地形が平らな辺りは、とっても乾燥気候です。(少なくともこの季節は。)
あちらには「加湿」という概念はないようなので、ホテルにエアコンが入っている場合など
呼吸器系の弱い方は、どうぞお気をつけ下さい。

いろいろありましたが、新しい場所を旅行するのは、やっぱりおもしろかったです。
またどこか行きたいなあ…って、その前にちゃんと働きませんとね。


9/28 ポーランド旅行記その5

その5はクラクフです。
ポーランドは広い国なので、北のグダンスクと南のクラクフでは、全然街並みが違います。
グダンスクは北ヨーロッパ(スカンジナビアではない北の方というつもり)、クラクフは中欧という感じ。

クラクフはワルシャワに都が移る前の首都でした。
中世からの交易の拠点都市でもあり、中央広場は広大でものすごく立派でした。
中央の巨大な建物は、中世からの貿易センターで、織物会館と呼ばれています。
何度か建て替えられているのですが、現在のものは19世紀の建物を戦後に復元したとのこと。


   織物会館と旧市庁舎の塔              広場に面した聖マリア教会

この地下が歴史博物館になっています。すんごくおもしろくて、2回も行っちゃいました。
最近できた施設とのことで、デジタル展示中心の博物館です。
中世の都市生活や交易について、詳細に解説していただけます。映像資料も充実。
織物会館の地下には、何度か建て直された過去の建物が残っていて、その遺跡も見られます。


発掘時の写真、広場の地下の古い織物会館の礎石     博物館のデジタル展示、中世の水道システムについて
                                  中世都市って井戸しかないと思ってたので、びっくり

広場のライトアップはお約束♪


教会のファサード             広場のレストランのテラス席より

コペルニクスも学んだという歴史あるヤギェウォ大学の博物館。
中はガイドツアーでみられます。コペルニクスの学生名簿とか、昔の地球儀とか、おもしろかった。


美しい中庭の回廊            古い書籍の置かれた部屋

大きな国立博物館があって、装飾美術の展示が充実してました。
中世初期から近代まで、家具や装飾品、宗教美術など、いろいろ。


       やっぱりガラスは外せません             象牙を薄く削って作った扇、すごく美しかったです

城郭都市の南端に位置するヴァヴェル城。かつての王宮でした。
中はいくつかの博物館に分かれています。


       中庭の花壇の向こうの王宮       お城の中にあるヴァヴェル大聖堂

その中で、王宮の建築と庭を巡るガイドツアーというのに参加して、いろいろおもしろいお話を聞きました。
昔は中庭に小さい教会などいろいろ建物が建っていたのですが
ナポレオンの占領時に軍隊の教練場になって、全部取り壊されてしまったのだそうです。
(チェコのプラハ城には、すごくいろんな建物が建ってて構造が複雑なんですが、あんな感じ?)
お城の奥のお庭もきれいで、これを見るだけでもツアーに参加する価値ありですよ。


昔の建物の礎石が花壇として利用されています           幾何学式庭園、この他にハーブ園もありました                バラの花が美しかったです

クラクフは人気の観光地で、外国人観光客も一番多かったし、英語も比較的通じやすい街でした。
お土産物やクラフトショップなどもたくさんあって、ウィンドウショッピングも楽しいです。

次は最後の観光地、ヴロツワフです。


9/28 ポーランド旅行記その4

その4、アウシュビッツ−ビルケナウ強制収容所博物館です。

もちろん観光地ではありません。
ご存じのようにナチスドイツが、ナチスに従わない人々や大量のユダヤ人などを虐殺した施設です。
アウシュビッツというのは、オシフィエンチムというポーランドの街をドイツ人が改名した名前で
クラクフからバスで1時間半くらいのところですが、最初、ここに政治犯を収容する施設が作られ
しばらく後に、その近くのブジェジンカ(ドイツ名ビルケナウ)という村を壊した跡地に
ナチスが劣等人種と見なした人々を絶滅するための広大な収容所が作られました。
現在、この2つの収容所跡が博物館として公開されているわけです。

とにかく、人を殺すためによくもこれだけ広大な施設を作ったとあきれるほど広いです。
夏期は訪問者が多いため、ガイドツアーに参加することになっています。
ツアーの後、自分で見て回っても良いのですが、あまりに広いのと内容が重いのでぐったり疲れて
あまり見られませんでした…せっかくだからいろいろ見て回りたかったのですが…

まずは、アウシュビッツ収容所。
こちらはもとは政治犯(ナチスから見て)用の施設なためか、いわゆる収容所というより監獄という印象でした。
煉瓦造りの施設がきっちり並んで、周りを有刺鉄線が囲んでいます。
建物の中は博物館になっていて、収容所に関する展示物があります。


有名な門「働けば自由になる」の標語です   政治犯、つまりナチスに抵抗するレジスタンスが処刑された壁です

収容者から没収した物品の山。収容所の解放後見つかったものです。
両方の収容所には巨大な物品保管庫があったそうです。
よく紹介される写真で、なんでこんなバラバラの靴まで取ってあったのがとふしぎだったのですが
状態の良い没収物は販売目的でドイツに送られて、ここにあるのは売れ残りだそうです。
考えてみれば、何百万も人を殺してその財産を全部没収したら、ものすごい額ですよね。
ナチスにとってはビッグビジネスだったのだと、ガイドさんはおっしゃってました。
この辺りにはドイツの軍事工場もたくさんあり、収容者はそこで奴隷労働もさせられていました。
人を殺すための施設ですが、犠牲者からの収奪がそのままビジネスでもあったわけです。


いつか取り戻せることを願って収容者が自分の鞄に名前を書きました   犠牲者の数を物語るたくさんの色あせた靴

次がビルケナウ収容所。
こちらは絶滅収容所なのですが、本当に広大です。地平線の彼方まで続いているという感じ。
並んでいるバラックもものすごく粗末で、人が住む施設とはとうてい思えません。
人を殺すこと、一時的な労働力として使い捨てることを目的にした施設なんだと、実感します。
ヨーロッパ各地から貨車に乗せた犠牲者を入り口の引き込み線で運び込み
立って歩けない人はその場でガス室行き、25%程度が使い捨て労働力にされたそうです。


死の門と貨車の引き込み線         何日も貨車に積み込まれて、ひどい場合はほとんどの人が亡くなっていたそうです

バラックの壁は薄く、冬は外は零下20度だったとか…
でも、夏の方が衛生状態がひどくてつらかったそうです。
なにしろ、トイレは朝晩2回だけで、夜は鍵をかけられていたそうですから…
(こういう状況なので体調の悪い方もたくさんいたと思うんですが…)


1段に5人くらい寝かされたそうです。ここに人が暮らしていたとは信じられないくらいの施設でした。

ガス室の復元。これはアウシュビッツに最初に建てられたガス室で
小さくて使い勝手が悪く(つまり、たくさん殺すのに不便ということですが)
後にビルケナウにもっと巨大なものがたくさん建てられました。


ガス室の外観と焼却炉

ビルケナウのガス室の一つ。
ナチスが撤退するときに破壊したので、廃墟になっていて、復元模型が展示されています。
犠牲者がなるべく抵抗しないようガス室に誘導し、効率的に殺して焼却するよう設計されていますが
犠牲者の多さに焼却が間に合わず、遺体が野焼きされることもあったそうです。


         ガス室の廃墟                 模型の手前に見えるのがガス室で、上に焼却炉が並んでいます
                           模型の左側に脱衣所があり、シャワー室に偽装すると同時に、衣類の回収に利用されていました

ガス室の一つはユダヤ人収容者に爆破されました。
軍事工場で働かされていた収容者が火器をこっそり持ち込み、何ヶ月もかけて準備したそうです。
反乱者はすぐに射殺されたそうですが、こんな状況でも抵抗をあきらめない意思の力はすごいですね。
こんな施設を見た後だけに、すごく感動しました。
他にも、外部に連絡を取ろうとしたり、ナチスの記録を地面に埋めて残したり、様々な抵抗が行われたそうです。

感想を書こうといろいろ考えたのですが、雑記帳のスペースで書くのは難しそうなのであきらめました。
大変申し訳ありません。
ただ、私はポーランドに旅行した機会にと見学したのですが
やはりかつて枢軸国側にあった日本に所属している一人として、見ておくべき施設と思いました。

次は、人気の観光地クラクフです。


9/27 ポーランド旅行記その3

その3はバルト海の港町、グダンスクです。

歴史的には、ドイツ騎士団の時代から、ポーランドとドイツで取り合っていた大きな港町です。
日本で港町=海岸というイメージですが、ヨーロッパではそうでもなくて
グダンスクも河口をさかのぼった場所に、運河を街に引き込んで港が作られていました。
街を運河ごと囲んだ城郭都市で、今もいくつかの門が残っています。
ここも第二次大戦でかなり破壊されたのですが、実に美しく復元されていました。

広場の真ん中に立つ豪壮な市庁舎。中は博物館で、塔にも上れます。

       
     中世の摩天楼ですね      中のホールも美しかったのですが、個人的に気に入ったルネサンスの階段

商人の集会所だったというホールと、広場のネプチューンの噴水。
街のお屋敷は他にも公開されているところがあります。

 
広いホールは窓が大きくてとても明るいです。港町らしく歴史的な船の模型が天井から展示されています。

中心街にはこんなに美しい街並みが続いています。


市庁舎の塔から見下ろした街並み        こんなお屋敷がずらっと並んでいます

広場のライトアップが本当に夢のようにきれいでした。


    夜も美しい市庁舎とホール                遅くまで観光客で賑わう広場            市庁舎の階段の下でストリートミュージシャンのコンサート

運河とそれに面した旧港。

 
運河から広場に続く門                 このお船は観光用の遊覧船です

これは昔のクレーン。周辺の建物を含めて海洋博物館になっています。
ここの展示はちょっと古いのですが、内容は充実。
海洋貿易とグダンスクの歴史について、模型や昔の地図や実物大復元など、時間が足りなくて見切れない…


当時のクレーンの設備もちゃんと復元されています       旧港の模型        運河を取り込んだ巨大な城郭都市、中心部分が現在の旧市街

他にもおもしろそうな博物館があって、全部見切れなかったし、ライトアップもきれいだったし…
グダンスクは機会があればもう一度行ってみたいです。
観光地としてはクラクフの方が人気みたいで、もちろんクラクフも良かったけど
しろの一押しは断然グダンスク♪

次は戦後70年を迎えるアウシュビッツ博物館の予定です。


9/26 ポーランド旅行記その2

ええと、旅行記その2、トルンとマルボルクです。
実は、中世オタにはどちらも外せない観光スポットでして…趣味に走った内容で申し訳ございません。

2カ所とも世界遺産に指定されている観光地で、トルンは中世の城壁都市、マルボルクはヨーロッパ一の巨大城郭です。
実は共通項がありまして、中世にドイツ(チュートン)騎士団が建設しました。
ドイツ騎士団というのは、東ヨーロッパの非キリスト教地域を侵略し、ドイツ人の植民を進めた武装修道士集団です。
マルボルクというのはこの騎士団の本拠地で、当時の最先端設備のあった巨大なお城があり
トルンは騎士団が建設してドイツ人を植民した街で、中世の交易拠点都市でした。


     風格あるトルン市庁舎                当時の大都会だったことが忍ばれる立派な建築物
                                     (城郭内の面積ならワルシャワの縦横2倍以上あります)

城壁の一部がドイツ騎士団の要塞になっていたのですが
代を重ねて地元民となった住民の反乱で、要塞部分は廃墟になってます。
中世社会の複雑な側面が垣間見えて、興味深いエピソードです(しろ的に)


     地上部は完全な廃墟ですが、地下部分はかなり残っています                  壊れる前はこんな感じだったんですね

トルンは地動説を唱えたコペルニクスの生地としても有名で、生家が博物館になってます。
彼は高位聖職者の叔父さんの後援で各地の大学を遊学し、その下で官僚と医者として働いていたので
この街に住んでいた期間はそんなに長くないようですが、郷土の偉人なのであちこちに像が建ってました。


   市庁舎前のコペルニクス先生        こちらは市庁舎内の博物館にあった像

トルンのもう一つの名物が「ピエルニク(ジンジャーブレッド)」。
街中で売られているのはベイキングパウダーを入れて焼いた柔らかいタイプですが
伝統的なものは固いので、細かく割って、ホットミルクでふやかして食べるのだとか。要するに保存食なのかな。
木型で成形するので形がおもしろいのですが、食べにくいためかピエルニク博物館でしか買えませんでした。
ソフトタイプなら、中に果物とか入ったものがおいしいです。
ショパンも好きだったお菓子らしいですが、当時はどちらのタイプだったのかな。


     ピエルニク博物館のショップにて         市庁舎内の博物館にあった昔の木型
                                        こんなので作ったのがあったら買いたかった


お次は、マルボルク城。
どちらかといえばお城より都市生活に興味のあるしろですが、中世の最新設備には興味津々。


     お城の外観の一部(全体は大きすぎて撮れない)     昔の縄張図、今残っているのは一部です

   
大広間の一つです。ヴォールトが美しい…♪     こんな写真ばっかり撮ってました。    


これはお城の暖房。床下で火をたいて、床の穴から暖気がでるようになっています。

   
   大広間の床、金属部分が暖気の穴です     炉の復元もされていたのですが、こちらの方がわかりやすいので


手洗いと排水システム。一応キリスト教団体ですから、礼拝の前に手を洗ったんでしょうね。


奥にあるのが井戸で、手前が手洗い、周りの溝と床の排水溝に水を流す穴があります


トイレ。騎士団長さんの部屋には事務室と寝室と両方に個室トイレがありました。
公衆トイレにはトイレットペーパー代わりにキャベツの葉が置かれていたそうです。

   
   騎士団長さんの個室トイレ     離れの塔にある公衆トイレ、奥の籠にあるのがキャベツの葉


台所。これは復元がすばらしくて、中世オタ感激。


全体が大きな炉になって、奥に肉回し、手前に鍋など。復元がおいしそうなんですよね。当時の食材、スパイスや卵、野菜、手前は干し鱈と思います。床には井戸と排水溝も。


このほか、中世風の庭園や水車の設備なども復元されています。
琥珀博物館も併設。騎士団はバルト海の琥珀を専売して莫大な利益を上げていたそうです。
その他、穀物の専売、交易、貨幣の鋳造など、権力の基盤はむしろ経済力だったとか。
東欧の広域に拠点を持っていたそうで、中世の武装多国籍複合企業ですね。
結局はポーランドとリトアニアの連合に敗れて、だんだん力を失っていったそうです。

次は、北の港町、グダンスクです。


9/25 ご無沙汰しておりました

お久しぶりでございます。またご無沙汰してしまいまして…
実は、ちょっと退職記念に海外旅行に…
いえ、22日には戻ってきてたんですが、すいません、ちょっと疲れてへろへろしてまして…
たかだか2週間ばかり出かけただけなんですが、やっぱもうトシですね、情けない…涙。

行き先はポーランド。何でポーランドにってあちこちで聞かれましたが
実はしろ、ちょっとヨーロッパ中世オタでして、昔の町並みを見たかったのと
せっかくだからちょっと長めの旅行をしたいし、予算とか考えて、ポーランドを選んだわけなんです。

でも、ポーランドって、チェコやクロアチアよりさらにマイナーな気がします。
ガイドブックとか、中世史の本もあまりなくて
英語のガイドブック取り寄せたり、リトアニア史の本を読んだり(中世に同君連合だった)
実際旅行しても、外国人旅行者は少なかったし、日本人も個人旅行の人がちらほら程度でした。

行ったのは、ワルシャワ、トルン、マルボルク、グダンスク、クラクフ、アウシュビッツ博物館、ヴロツワフ。
どうせへろへろでしばらく仕事になりそうもないので、だらだら旅行記でも書こうかと思います。
お暇な方はよろしければおつきあいいただければと…

まずはワルシャワですが、こちらには中世建築はあまりないのですが、やっぱり首都くらいは見ておこうと
それに、安い航空券だとどうしても、首都に離発着する方が選択肢が多いものですから…。
ポーランドは、平原の国といわれているらしいですが、首都の辺りは特に真っ平らです。
列車で郊外に出ると風景も平らですが、雲も日本とは全然違います。平原の空っていう感じです。
街は第二次大戦でドイツに完全破壊され、中心部はソ連がソ連風の街に直してしまったとか
列車で乗り合わせたインテリのおじさまが嘆いていらっしゃいました。


          平原の国、平原の空          これ、5月にそっくりなものを複数モスクワで見たんですが…
                                     (戦後スターリンが建てたもので、ワルシャワの人はあまり好きではないとのこと)

旧市街は復元されてますが、中世都市部分は思ったより小さくて、かわいい感じ。
ワルシャワが首都になったのは1600年前後ですから、それ以前の街が小さいのは当然ですね。
中世オタとしては、ポーランドユダヤ人博物館の方がおもしろかったです。
ポーランドはユダヤ人口の多かった国で、中世の交易や都市生活が、ユダヤ人の歴史を通して学べます。
デジタル資料も多くて充実した展示で、しろ的にはワルシャワで一番おもしろかったかも。


なんだか可愛い感じの旧市街広場と旧王宮

市内には大きな公園や緑地がたくさんあって、気持ちよかったです。
最終日が日曜日だったので、有名なワジェンキ公園のショパン無料コンサートも聴けました。


サスキ公園、無名戦士の墓があるところです     こちらはワジェンキ公園のショパンコンサート

日曜日にはのみの市もありました。ヨーロッパののみの市はじめて!
ボタニカルアートの版画を探していたのですが、買ったのはオーストリア製絵皿とドイツ製カップです。
どちらも由来はよくわからないです。まあ花柄好きだから良いですが。
オーストリア製の方はポーランド値段としてはそこそこ。絵柄はオーストリアの希少種の蘭のようです。
ドイツ製は「Bavaria Germany」と裏にありますが、のみの市で売られていた皿はほとんど同じ表記で
これって「景徳鎮」みたいなもの???まあ、安いし、桜のお花が可愛いから良いんですが。
ティーセットは日常使いで楽しもうと思います。のみの市、また別の国でも行ってみたいなあ。


のみの市の風景                       オーストリア製の絵皿             ドイツ製…のティーセット

次は、トルンとマルボルクの予定。…よろしければお楽しみに…




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